東京都美術館で『新印象派 - 光と色のドラマ』展を観る
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小雨がぱらつく東京都美術館:東京都美術館で『新印象派 - 光と色のドラマ』展を観る

小雨がぱらつく東京都美術館

午前中、上野の東京都美術館へ行き『新印象派―光と色のドラマ』展を観る。
最近は東京に行くと上野に行くのがすっかりお決まりのコースとなってしまった。

ホテルを出て、地下鉄日比谷線に乗り上野に出る。
地下鉄の駅から地上に出ると、小雨がぱらついている。
上野駅の構内を通り抜け、上野公園へ向かう。

土曜日の午前中らしく、傘をさして動物園へ向かう家族連れや、修学旅行の学生の集団がぞろぞろ。
彼らを脇目に、濡れないように早足で赤いレンガ色の建物をめざす。

中に入るとチケット売り場は混雑する様子もなく、スムーズに展示を観ることができた。

新印象派と聞き、思い浮かべるの何といってもスーラの『グランド・ジャット島の日曜日の午後』だ。
この意匠的でイラストチックとも言える大作は、美術の教科書に載っていた多くの絵画の中でも、ひときわ印象に残る作品だった。
線がなく細かい点々ばかりで描いてあり、当時はこういうのもありなのかと思った。

新印象派はモネやマネといった印象派の筆触分割といわれる技法を、より科学的に研究し発展させた。
筆触分割とはパレットの上で色を混ぜずに、絵の具をキャンバスに色を乗せて色を視覚的に見せる技法(例えば赤と黄色の絵の具を混ぜないで、キャンバスに交互に置くことでオレンジを視覚的に見せるような技法)をいう。

新印象派が登場したのは、1886年の第8回印象派展だった。
しかし、モネやルノアールはスーラやシニャックの点々で描いた科学的なアプローチが気に食わなかったらしい。
第8回印象派展でスーラやシニャックの作品を展示するかどうかで紛糾。
結果、印象派展は8回で終わってしまう。

新印象派も後期になると、色彩や色の置き方がダイナミックになりフォービスムが登場するのも自然な流れだったのだと理解。
中ほどでは、当時の色彩理論の資料やスーラやシニャックのパレットなども展示されていて、彼らが科学的なスタンスで絵を描いていたことを印象付けるものだった。

31歳で亡くなったスーラの作品は数自体が少ないそうだが、『グランド・ジャット島の日曜日の午後』の習作が数点展示されていた。
この習作、いずれもA4判ほどの大きさで、えらい小さい。
描き方も、一貫した感じがなくほぼ印象派の絵のようなものがあり試行錯誤の過程がうかがえる。

初めて聞くような名前の作家の点描の作品も数多く展示されていたが、新印象派の後期では色使いもタッチも大胆になっていく。

最後にマチスの絵が登場したときには、なるほど、こういう流れでフォービズが生まれたのかと納得。

今回の展示は印象派から新印象派、そしてフォービスムという流れが非常にわかりやすい展示だった。

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