三内丸山遺跡には11時半ぐらいに到着。
場所は東北自動車道の青森料金所を抜けるとすぐのところにある。
なんか広大な原野にポツリとあるような感じ。
三内丸山遺跡は、今から約5500年前~4000年前の縄文時代の大規模な集落の跡地です。
江戸時代から、この遺跡の存在は知られていたのですが平成4年から始まった野球場建設をきっかけに大規模な巨大集落跡が姿をあらわし発掘が本格的にはじまりました。
この遺跡のおかげで、狩猟で日々の糧を得ていた縄文人といったイメージが覆りました。
遺跡からは、膨大な縄文土器や石器、土偶、土・石の装身具、木器、骨角器、ヒスイや黒曜石などが出土。
また、栗などの植物が栽培され食料にされていたことが判明しています。
直径・深さ共に2mの柱の跡が4.2m間隔で6箇所見つかり穴の中には直径約1メートルの栗の木の残っていたそうです。
大型堀立柱建物跡の栗の木の残滓のようなものが遺っている。
南盛土は約1000年もの間、生活破棄物が捨てられていた為小山のようになっている。断面から突き出ているのは廃棄された土器のかけら。
北盛土は生活廃棄物の処分地だったと考えられており、壊れた土器や貝殻、魚の骨等が発見されている。ここからの出土品で当時の食生活が推測できる。
当時、栗の栽培なども行われていたことが明らかになった。